どういった作り方がよいのか (1)

技術者、開発者、ものづくりの人の視点として、顧客に受け入れられる「ものづくり」とその手順、作り方について書く。

ものづくりには何通りものやり方がある。自身がこだわりがあって、作りたいと思うものを作ること。市場調査・分析の結果、世の中に足りないものが分かり、それを作ること。身の回りで自分(や隣人)が不便だと思っていて、それを解決するために作ること。

この作り方が問われることが良くある。例えば、家電製品などで、どうしてそれが必要なのか、という機能が搭載され、また、宣伝されていたりする。このときに、市場調査がよく行われていないのではないか、との疑念が生まれるからだ。

今まではスペックシートで丸がつく機能が多ければ多いほど、良い製品とされ、そのような製品が売れてきた。先の明るい、景気の良かった時代はそれでよかったが、今は先の見えない、倹約をしなければならない時代となった。人は必要最低限の機能を求め、必要であれば追加購入する。

この例として、雑貨の世界では、多少高価な雑貨店と100円ショップという業態が存在する。人は100円ショップで生活に必要な最低限のものを買い、遠出して多少高価な雑貨店に入った時に、オンリーワンな高価な雑貨を買い、100円ショップの製品をアップグレードしていく。

始めは最低限のものを、こだわりが出たら、高価なものを、という流れになっている。初めから高価なものを買う、という選択肢が狭められているような感覚がある。人は自分が要する機能性にシビアになってきている。よって、市場調査の重要性が高まっている、とかんがえられる。

この流れの上で、経済番組やものづくり関連サイトで数年前から気になることがある。「ニーズ調査は行わない」という発言をする実務家が多い。これはどういうことなのか。

Wikipedia マーケティング マーケティングと「売れる仕組み」

商品・サービスが「売れる」ためには、顧客のニーズを知り、ニーズを満たす商品をつくり、顧客がその商品の存在を知り、特徴を理解し、手に入る場所に商品が置かれ、入手できる適切な価格で提供されている必要がある。 これらの一連のプロセスが「売れる」という言葉に集約されている。

モノの製造としては、ニーズを知り、ニーズを満たす製品をつくり、提供することが一般的な流れであり、ニーズを知ることが起点となっている。起点である、ニーズ調査を行わない、とはどういったことなのか。

例を挙げる。

Twitterで流れた発言(真偽不明だが)

(時期的にカンブリア宮殿に出た時の発言か)

日本マクドナルド原田さん「アンケートをとると必ずヘルシーなラップサンドやサラダがほしいと要望があって商品化したけども売れたためしがない。ヘルシーなサラダでなくメガマックが売れる。お客は言うこととやることが違うからお客の話を聞いてはだめ。」

秋元氏の発言

勢いが止まらないAKB48――秋元氏「見たことない、説明不能、がカギ」 2010年11月05日

──今年もAKB48の勢いは止まらない。その勝因は?

秋元: データに基づいたマーケティングをしないからでしょうか。

この記事は2010年11月のものだが、この年の5月にNHKにて「仕事学のすすめ」という番組に出演している。

今月の「仕事学のすすめ」、語り手は秋元康さんです

第1回 あえてリサーチしない発想法

第2回 マーケッティングは役立たない

第3回 負けても目立つ自己プロデュース

第4回 仕事の壁は乗り越えるな

SONYウォークマン

市場調査はあてにするな - 「デジタル分析」から「アナログ直感」へ

ソニーがウォークマンを商品化する以前に、ウォークマンのようなものを商品化したところがあったでしょうか。ウォークマン以前にウォークマンはなかったのです。しかし、一度ウォークマンという商品が具体的に目の前に出現すると、「こういうのが欲しかった」という人が大勢現れました。

つまり、そうした商品のニーズは、多くの消費者のなかに潜在的には存在していたのですが、そのニーズは消費者の側からは具体的に顕在化することはなかったということです。なぜなら、消費者自身がそうしたニーズの存在に気がついていなかったからです。

ニーズの調査は不要か

例えば、SONYを代表するウォークマンは市場調査の結果、生まれたのか。Appleを代表するiPhoneは市場調査の結果、生まれたのか。これらに代表される製品は、顕在化されたニーズではなかったことは確かだ。

ならば、市場調査を行わずにモノを作ったほうが良いのか。自身が追求するものを作るほうが良いのか。

「マーケット・イン」と「プロダクト・アウト」

この市場調査が不要論が出てくる前に、ある言葉が流行った。「マーケット・イン」と「プロダクト・アウト」だ。これは、マーケティング不在の製品づくりに対して、投げかけられた言葉だ。この文章の前文で触れた、不思議な機能性を搭載した家電製品郡が、作っても売れない、という時代に直面した。この時になぜ売れないのか、作り手のひとりよがり立ったのではないのか、という意味で「マーケット・イン」>「プロダクト・アウト」という概念を示す人がいた。

プロダクト・アウトとは作り手が消費者に対して提案する形で製品づくりをする手法の意味として、マーケット・インとは、市場のニーズを汲み取り、それを元に製品づくりをする手法の意味として語られたと記憶している。

マーケット・インが台頭した例として、インターネット上で意見集約がしやすくなった点がある。すなわち、消費者側が欲しい機能を持った製品を提案し、その製品に対して消費者が発売されたら買う、との意思表明を行う。その製品を企業側が作れば良い、その流れはインターネットなら簡単に行えるだろう、というものだ。今、このような手法が残っているのかは知らないが。

しかし、この概念に対しての揺り返しが起こっている。

「顧客は自分が欲しい物を知らない。分からない。」

概ねそのような結論に達したように思う。例えば、SIの業界で「無茶を言う顧客」と「無理な仕事を取ってくる営業」、「融通が利かない開発者」の笑い話(切実な話?)がある。このうち、「無茶を言う顧客」は、自身がどのような製品・サービスを取得すれば、自身の仕事を大きく改善できるのか分かっているだろうか。分かっているのであれば、仕様・要求は変わることがないはずだ。

プロダクト・アウトによって、確かに今まで顧客の声を聞こうとしなかった反省はある。しかし、マーケット・インを行おうとしても、顧客は自分が欲しい物を真に分かってはいない。

だから、プロダクト・アウトでもない、マーケット・インでもない、第3の道が求められている。

(暇があったら今度、第3の道について書く)

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