著作権のない世界

たとえば死後50年が70年になっていたり、複製権の保護のためにDRMが地上デジタルテレビ放送や音楽・映像配信にかかっていたり、など、著作権による保護によって利用者が不便になるケースが多い。

かたや、外国では著作権をないがしろにしたような挙動をしていたりする。彼らは著作権が侵害されることを前提として、オンラインを重視したゲームなどに注力していたりする。

いっそのこと、著作権のない世界を想像してみよう。

著作権のない世界では、すべての著作物は複製可能である。ひとつの作品をネット上で公開した場合、複製を禁ずることはできない。ひとつの作品を販売した場合も、購入した者が複製して配布することを防ぐことはできない。

このような世界の場合、著作者はどのように利益を得るのか。つまり、どうやって著作による専業で生きていくのか。

3つの手段がある。

1つは当初は無償で作品を作成して、後から寄付を受けること。

2つは単独で著作者を養うことができる金持ちに囲われること。

3つは単独で著作者を著作者を養うことができない人々が集まり、委員会を作成して予算を集め、契約の形で作品を作らせること。

2と3の方法は製作した著作物は「門外不出とされ特定の者だけが楽しむ」という形と、「公開して公共の財産とする」という形の2つが出口として存在できる。

そんなことを「Tokaido」を巡り、募金型OSSプロジェクトで議論が噴出の記事を読みながら、思った。

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